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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4491号 判決

原告

日動火災海上保険株式会社

被告

千代田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告丹羽久枝は、原告に対し、金一八八万三八六八円及びこれに対する平成六年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用については、原告に生じた費用の二分の一及び被告千代田火災海上保険株式会社に生じた費用を原告の負担とし、その余の費用を被告丹羽久枝の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項同旨

二  被告千代田火災海上保険株式会社は、原告に対し、原告の被告丹羽久枝に対する本判決が確定したときは、金一八八万三八六八円及びこれに対する平成六年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1記載の交通事故の発生に基づき、訴外横家靖之(以下「訴外横家」という。)との間で車両保険契約を締結していた原告が、訴外横家に対して車両保険金を支払つたことを理由として、被告丹羽久枝(以下「被告丹羽」という。)に対し、保険代位によつて取得した訴外横家の被告丹羽に対する損害賠償請求権を行使し、併せて、被告丹羽運転車両を被保険自動車として締結されていた自動車保険の保険者である被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)に対し、右保険契約上、損害賠償請求権者には保険者に対する直接請求権が認められているとして、右直接請求権を行使し、予備的に債権者代位に基づき被告丹羽の被告千代田火災に対する保険金請求権を行使するものである。

一  争いのない事実等

1  本件事故(争いがない。)

(一) 日時 平成六年一一月二六日午前七時四〇分ころ

(二) 場所 愛知県犬山市大字羽黒字赤坂西二七―九先道路上

(三) 原告車両 訴外横家奈美江運転の普通乗用自動車

(四) 被告車両 被告丹羽運転の普通乗用自動車

(五) 態様 右場所付近の交通整理の行われていない交差点において、一時停止の規制がなされていたのに一時停止を怠つて右交差点に進入した被告車両と、原告車両とが出合い頭に衝突した。

2  訴外横家の損害及び原告による車両保険金の支払(争いがない。)

原告車両は、訴外横家の所有するものであり、訴外横家は、本件事故により、車両修理代金一八五万八六〇四円及び牽引費用一万二三六〇円の合計一八七万〇九六四円の損害を被つた。

原告は、訴外横家との間で、平成六年三月一七日、原告車両を被保険自動車とし、保険期間を一年間、保険金額を二〇〇万円とする車両保険契約を締結した。

原告は、右車両保険契約に基づき、訴外横家に対し、平成六年一二月二六日、車両保険金一八七万〇九六四円を支払つた。

3  被告丹羽の責任(争いがない。)

被告丹羽は、訴外横家に対し、本件事故について被告丹羽に全面的な責任があることを認め、訴外横家に生じた損害の全額を賠償する旨の約束をした。

4  被告車両を被保険自動車とする自動車保険契約訴外山中宏行(以下「訴外山中」という。)は、被告千代田火災との間で、被告車両を被保険自動車とし、保険期間を平成六年一月二六日から一年間、対物賠償保険金額を二〇〇〇万円などとする自動車総合保険契約(以下、この種類の契約を「PAP契約」という。)を締結していたが、右契約には、被保険者たる訴外山中及びその配偶者、これらの者の同居の親族、これらの者の別居の未婚の子以外の者が被告車両を運転している際に生じた事故については、被告千代田火災は保険金を支払わないとする趣旨の運転者家族限定特約が付されていた(以下「本件契約」という。)。なお、PAP契約には、対物賠償について、損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権を認める規定はない(乙二、七、八号証、証人文屋敏郎)。

ところで、被告千代田火災は、本訴において、本件契約に適用される自家用自動車総合保険契約(以下、この種類の契約を「SAP契約」という。)の普通保険約款上、対物賠償においても損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権が認められているとする趣旨の原告の主張に対し、その趣旨の条項があることを認める旨の陳述をしたが、後に、本件契約は、対物賠償については損害賠償請求権者に直接請求権を認める規定のないPAP契約であると主張した。

なお、SAP契約においては、対物賠償においても損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権が認められているところ、これを認めるSAP契約の普通保険約款八条によれば、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき、右額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で書面による合意が成立したときなどに、保険者が損害賠償請求権者に対して損害賠償額を支払うものと定められている(乙六号証)。

5  訴外横家らと被告丹羽及び訴外山中との間の示談契約(争いがない。)

訴外横家らと被告丹羽及び訴外山中とは、平成七年三月一三日、本件事故によつて訴外横家に生じた前記損害額一八七万〇九六四円について、被告丹羽が一八万七〇九六円を自己負担し、一六八万三八六八円を被告千代田火災が負担して、訴外横家に支払うとする旨の示談を締結した(以下「本件示談契約」という。)。なお、右示談は、原告の担当者と被告千代田火災の担当者とが、示談折衝をした結果、締結されたものである。

また、被告丹羽は、訴外横家に対し、右示談において被告丹羽が自己負担するものとされた一八万七〇九六円を支払つた。

6  被告千代田火災の免責事由

被告丹羽は、訴外山中の親族ではあるが、訴外山中と同居していたものではない(甲二号証、乙二、証人文屋敏郎)。

二  争点及び当事者の主張

1  被告千代田火災の裁判上の自白の成否

(一) 原告の主張

右一4記載の、対物賠償においても損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権を認める条項があることを認める旨の被告千代田火災の陳述は、本件契約がSAP契約かPAP契約かという事実関係にかかわる陳述であるから、これが裁判上の自白に該当することは明らかである。

なお、原告は、被告千代田火災の自白の撤回には異議がある。

(二) 被告千代田火災の主張

原告が右に指摘する被告千代田火災の陳述は、単に、SAP契約に右趣旨の条項があることを認めたものに過ぎず、また、適用法令の誤解に類するものであるから、これは裁判上の自白には当たらない。

仮に、右陳述が裁判上の自白に該当するものとしても、右陳述は、事実に反するものであり、かつ、錯誤に基づくものであるから、これを撤回する。

2  損害賠償請求権者の保険者に対する直接請求権の性質に関する被告千代田火災の主張の可否

この点についての、被告千代田火災の主張は次のとおりである。

SAP契約において、対物賠償においても損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権が認められているのは、被害者を保護する趣旨に基づくものであり、被害者が、自らの締結する自動車保険契約によつて保険金の支払を受けている場合は、右直接請求権の前提となつている被害者保護の趣旨を考慮する必要はない。また、原告は、訴外横家との保険契約に基づいて車両保険金を支払つているのであつて、その支払自体が原告の損害ないし不利益となるものではなく、原告は、右保険金の支払によつて、被告丹羽に対し、保険代位による請求が可能となるものである。

以上によれば、仮に右1の自白の撤回が許されないとしても、SAP契約の右直接請求権は、被害者たる訴外横家の契約する保険者(原告)に、これを認めて右保険者(原告)を保護しようとするものではないというべきである。

3  本件示談契約が錯誤により無効となるか否か。

(一) 被告千代田火災の主張

被告千代田火災は、被告丹羽ないし訴外山中から、被告丹羽が訴外山中の親であり、両者は同居しているとする申告を受けて、運転者家族限定特約に基づく免責はないと判断し、その担当者をして原告担当者との間での示談折衝を行わせたものである。しかし、被告丹羽と訴外山中とは同居の親族ではなかつたのであるから、被告千代田火災は、保険金支払の前提となる重要な事実について、虚偽の申告に基づいて錯誤に陥つていたものである。

したがつて、本件示談契約は被告千代田火災との関係においては無効である。

(二) 原告の主張

本件示談契約は、被告千代田火災の担当者が、被告丹羽及び訴外山中の事実上の代理人として締結したものであるところ、右担当者は、自動車保険の専門家であつて、僅かな調査をするだけで、被告丹羽と訴外山中が同居の親族ではないことを確認できたものというべきであるから、仮に、被告千代田火災に錯誤があつたとしても、右錯誤については被告千代田火災に重大な過失がある。

したがつて、被告千代田火災は、仮に保険金支払の免責事由があるとしても、本件示談契約の無効を主張することはできないというべきである。

4  原告の被告千代田火災に対する予備的請求の可否

(一) 被告千代田火災の主張

被告丹羽と訴外山中とは同居の親族ではなかつたのであるから、本件契約の運転者家族限定特約により被告千代田火災は免責されるのであり、したがつて、被告丹羽は、被告千代田火災に対する保険金請求権を有しない。

よつて、保険代位によつて取得した訴外横家の被告丹羽に対する損害賠償請求権を保全するため、被告丹羽の被告千代田火災に対する保険金請求権を代位行使するとする原告の主張にも理由がない。

(二) 原告の主張

被告千代田火災の担当者は、被告丹羽及び訴外山中の事実上の代理人として本件示談契約を締結しているのであり、右示談契約に関する錯誤について重大な過失があつたものであるから、被告千代田火災は、訴外横家に対する関係においては、右錯誤に基づく免責の主張をすることは許されないものというべきであり、原告の債権者代位に基づく主張は、何ら不当ではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告千代田火災の裁判上の自白の成否)について

1  前記第二、一4記載の、対物賠償においても損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権を認める条項があることを認める旨の被告千代田火災の陳述は、「自動車保険約款に原告主張の内容の条項があることは認める。」とする趣旨のものであり、これのみを見れば、被告千代田火災の陳述は、単に、普通保険約款上の条項の存在を認めるとするに過ぎない趣旨であると解する余地がない訳ではない。

しかしながら、右陳述は、本件契約に適用されるのがSAP契約の普通保険約款であるとの主張を前提として、被告千代田火災に対する請求の根拠を明らかにする趣旨でなされた原告の請求原因における主張に対し、その答弁としてなされているものであり、かつ、被告千代田火災は、本件については運転者家族限定特約に基づいて被告千代田火災が免責されるから、右条項の適用はないと主張しているのであるから、これを単に約款上の条項の存否についての陳述であると解釈することはできないものというべきであり、本件契約がSAP契約であるとする原告の請求の根拠にかかわる主張に対して、本件契約がSAP契約であることを認めた上での陳述であると理解するほかないものというべきである。

そうすると、被告千代田火災の右陳述は、本件契約がSAP契約かPAP契約かという事実に関する主張に対してなされたものといわざるを得ず、これは裁判上の自白に該当するものというべきである。

2  ところで、前記のとおり、本件契約はPAP契約であるから、右陳述は真実に反するものであることが明らかである。

そして、証人文屋敏郎と弁論の全趣旨によれば、被告千代田火災は、本件について、運転者家族限定特約によつて免責されるのにも拘わらず、本件示談契約を締結した経緯において、被告千代田火災に過失があるか否かを専ら問題として検討しており、本件契約がSAP契約かPAP契約かについては全く念頭になかつたこと、被告千代田火災訴訟代理人も、対物賠償における被害者の直接請求権についてのSAP契約とPAP契約の差異について、自覚的に点検することなく、SAP契約の普通保険約款を確認しただけで、前記の陳述をするに至つたものであることが認められ、これと右陳述が明らかに真実に反することに照らすと、右陳述は錯誤に基づいてなされたものであるというべきである。

なお、右によれば、右の錯誤に陥つたことについては、被告千代田火災及びその訴訟代理人に過失があるものといわざるを得ないが、自白の撤回については、右錯誤について無過失であることまでは必要でないと解すべきであるから、この点は、自白の撤回の可否に関する判断を左右しないものというべきである。

3  以上によれば、被告千代田火災の前記陳述は、裁判上の自白に該当するものというべきであるが、これは、真実に反しかつ錯誤に基づいてなされたものといわざるを得ないから、被告千代田火災のした右自白の撤回は有効であるというべきである。

二  右一によれば、本件契約がSAP契約であるとすることはできないところ、前記のとおり、本件契約は、PAP契約であつて、対物賠償においては損害賠償請求権者に保険者に対する直接請求権が認められていないこととなるから、右直接請求権があることを前提とする、原告の被告千代田火災に対する請求は、争点2、3について判断するまでもなく、理由がないといわざるを得ない。

三  争点4(原告の被告千代田火災に対する予備的請求の可否)について

1  前記のとおり、被告丹羽と訴外山中とは同居の親族ではなかつたのであるから、本件契約の運転者家族限定特約により、被告千代田火災は免責されることになるといわざるを得ず、したがつて、被告丹羽は、被告千代田火災に対する保険金請求権を有しないことになるというほかない。

そうすると、債権者代位によつて右保険金請求権を行使するとする原告の主張についても理由がないといわざるを得ない。

2  この点、前記の原告の主張に沿う事実があつたとしても、何ら異なるところはないというべきである。

四  以上によれば、原告の被告千代田火災に対する請求には理由がないというほかないところである。

しかし、他方、前記の争いのない事実等によれば、原告の被告丹羽に対する請求については、理由があるというべきである。

五  弁護士費用(請求額二〇万円) 二〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は右金額と認めるのが相当である。

六  よつて、原告の請求は、被告丹羽に対して、一八八万三八六八円及びこれに対する原告が訴外横家に車両保険金を支払つた日の翌日である平成六年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝原信之)

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